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福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)639号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 松竹頼水

被控訴人(附帯控訴人) 松竹マサ子

主文

本件控訴並に附帯控訴はいずれも棄却する。

控訴並に附帯控訴の費用は各自の負担とする。

事実

控訴(附帯被控訴)代理人は「原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。本件附帯控訴請求を棄却する。」との判決を求め、被控訴(附帯控訴)代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。附帯控訴として、附帯被控訴人は附帯控訴人に対し慰藉料として金二百万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三十二年八月二日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。附帯控訴の費用は附帯被控訴人の負担とする。」との判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は被控訴(附帯控訴)代理人において別紙「附帯控訴理由」のとおり陳述し、証拠として被控訴代理人において甲第三十七号証を提出し、当審における証人角市太郎の証言並に被控訴本人の供述を援用し、乙第一、二号証の成立を認めると述べ、控訴代理人において、乙第一、二号証を提出し当審における控訴本人の供述を援用し、甲第三十七号証の成立を認めると述べた外、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

一、原審が本件の離婚原因、親権者指定、財産分与並に慰藉料請求について詳細に示している事実認定とこれに対する判断は洵に相当であつて、当裁判所もこれと全く見解を同じくするものであるから、左記の点を補足する外、原判決の理由を引用する。当審における控訴本人の供述によるも右の認定を左右するに足りない。

二、財産分与請求について。

被控訴人は原審において控訴人に対し財産分与として金五十三万七千五百九十七円の支払を求めているのに原判決は財産分与として金二百万円を認容している。この点についてかような認定が許されるかどうか、仮りに許されるとしても控訴人の財産に比較して分与額が過大であるかどうかが一応問題とされるであらう。

この点につき原審は「財産分与の請求がなければ、裁判所は任意に財産分与の裁判をなし得ないことは明かであるけれども、裁判所は右請求の内容に拘束されるものでなく、請求さえあれば、請求額を上まわつてその額を決定しようと任意である。言い換えれば、請求の内容は、只単に裁判所の判断の参考として資料を提供したに過ぎないと解する。」としている。

民法第七六八条第二項(同法第七七一条において準用する場合を含む。)の規定による財産の分与に干する処分は家事審判法第九条乙類第五号による家庭裁判所の審判事項とされているが、人事訴訟手続法第一五条により地方裁判所に離婚の訴を提起するときは、同時にこれと併合して財産分与の申立もなしうるのである。

ところで、財産分与について当事者間に協議が調わず、当事者から家庭裁判所に対し協議に代わる処分を請求した場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によつて得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定めるべきものであるが、家庭裁判所のなす審判が当事者に対しては後見的な一種の非訟事件的性格を有している点に鑑み、財産分与の額及び方法等について当事者の申立に拘束されるものでないことは当然である。

従つて、地方裁判所に対し離婚の訴と併合して財産分与の申立がなされても、その性質は変更される訳ではなく、この部分は「申立」であつて「訴」ではない。又慰藉料のように必ずしも請求額を明示する必要なく、印紙も請求額に応じて貼用する必要もなく、民事訴訟用印紙法第一〇条所定の印紙を貼用すればよい。

よつてこの点に干する原審の見解は正当である。

次に、原審は控訴人所有の不動産(田一丁四反余、梨畑七反余、茶畑約一丁、山林一反八畝歩、宅地約二六〇坪、母屋五四坪余と附属建物)の時価を約五百万円、預金その他を合せて離婚時の控訴人の総財産を約六百万円と評価している。

この点につき、原審における鑑定人古田謙吉郎は前記不動産の昭和三十五年五月二日における時価を金四、五四五、六六二円外に控訴人が実姉末崎ワカ及び実妹右田ミユキこと松竹ミユキ所有の田を耕作している耕作権を金二八三、二五〇円以上合計金四、八二八、九一二円と評価し、成立に争ない甲第三十七号証及び当審証人角市太郎の証言によると、同人は昭和三十五年七月七日本件不動産の総額を約金四百八十万円と評価しているのであるが、右の評価は個々の不動産を各別になされたものの集計であり、前記鑑定人古田謙吉郎作成の鑑定書附属図面第三図(記録五一三丁参照)及び前記角証言によつて認められる本件不動産は控訴人の宅地及び住宅を中心としその前面に田甫、果樹園、茶園等が集結されて一区劃をなし、水利、耕作等につき至便であり、これ等の事情を綜合するときは、原審が各挙示の証拠により本件不動産を約五百万円と評価したのは相当であり、又原審挙示の証拠によると控訴人は昭和三十一年九月当時には約六十万円の預金があつたと認められ、当審における控訴本人の供述によるも控訴人の現在の収益の実態を適確に把握することは困難であるが、控訴人の昭和三十四年度における米の供出は自家保有米を除き四十三俵でその他麦、菜種等の裏作がある外、梨園、茶園等によつて相当の収益があり、一ケ年の純益は少くとも三、四十万円を下らないものと推定されるので、原審が控訴人の総財産を約六百万円と評価したのは相当であると認められる。

次に本件の財産分与については、財産の清算的要素の外に扶養的要素を重視せざるを得ない。

ところで、財産分与に当つて「当事者双方がその協力によつて得た財産の額」(民法第七六八条第三項)というのは、考慮されるべき一事情に過ぎず、これにのみ止まるものでないことはいうまでもない。原審挙示の各証拠及び認定の事実並に当審における被控訴本人の供述によつて、被控訴人は昭和十六年二十才にして控訴人に嫁し、四児を儲けて夫に仕え、家業の農業に精励したこと、控訴人は従前の恋人訴外松竹花子と懇になり昭和三十一年十月中相携えて東京に出奔したこと、被控訴人はその間も夫である控訴人の帰宅を願い不在中の家事労働を一手に引受けて農業に精励し財産の維持を図つたこと、控訴人は昭和三十二年四月帰宅するや被控訴人に暴行を加えて追出し、その直後前記花子を自宅に引入れて同棲しその間に二児を儲けていること及び控訴人の近親者等も挙つて以上控訴人の態度を批難し、被控訴人に同情しその立場を支持していること、被控訴人は昭和三十二年五月より三男政頼を除く三児(長男繁美、二男健次、長女澄子)と共に実家に立帰り現在に至つているので実父江上喜久次において止むなくこれを扶養している実情であるが、三児はいずれも父である控訴人に対し甚だしく反感をいだき控訴人と同居する意思を全く有しないこと、被控訴人としては何時までも実家に厄介になる訳に行かないので別に一家を立て、再婚をしないで三児を養育して行く決意を固めているが、現在生活に困り、殊に長男は中学一年、次男は小学五年、長女は小学四年に在校中でその養育費・学費等については将来少からざる出費を必要とする状況にあることが認められるのであつて、以上の諸事情を考慮すると原審が財産分与として控訴人に対し金二百万円の支払を命じたのは相当である。(なお、前記控訴人所有不動産の財産評価に比し、現金二百万円の即時支払を命ずるのは苛酷に失する嫌もあるが、当審における控訴本人の供述によれば、控訴人は現物分割の意思を有しないことも明かであり、前記のような被控訴人及び三児の急迫した生活状態を考慮するときは己むを得ないものと認められる。)

三、慰藉料請求について。

被控訴人は当審において附帯控訴として慰藉料金二百万円の支払を求めている。前記認定したところにより、被控訴人の精神的苦痛は察するに余りがある。

しかしながら、慰藉料は相手方の有責違法な行為によつて生じた精神上の苦痛の損害賠償であり、財産分与は夫婦間の財産の清算であつて本来別個の観念であるが、実質的には財産分与額を決定するに当つては、「一切の事情」の中で相手方の有責かどうかが斟酌される。又財産分与が十分なさるれば、精神的にも慰められ、かつ分与者の財産が少くなるから慰藉料額は減少するというように両者は密接な干係がある。

本件の財産分与については前認定のように財産の清算的要素よりも、被控訴人及びその膝下にある三児の扶養的要素に重点を置かざるを得ず、さればこそ裁判所は控訴人の財産状態に比し相当過重とも思える財産分与を認容しているのである。

以上のような立場から見ると、本件につき慰藉料として金五十万円を認容し、その余の請求を棄却した原判決は相当であつて、被控訴人の附帯控訴は理由がない。

よつて本件控訴及び附帯控訴は、いずれもその理由がないから棄却し、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林善助 丹生義孝 岩崎光次)

附帯控訴理由

一、附帯控訴人の主張事実は原判決事実摘示の通りでありこれを引用します外、左の如く訂正、追加陳述致します。

二、附帯被控訴人の財産につき、原判決は「時価金五〇〇万円程度と認定され、尤も鑑定の結果によれば、金四四八万五、二四二円であるが、この鑑定は、家屋、宅地、田、畑等の連結を考慮せず個々各別に為したもので、又、裁判所で顕著である不動産競売事件に於ける鑑定価額と等しく相当に低価である又殊に附帯被控訴人の居宅は同人の耕作する田甫を一眺眼下に見おろし、居ながらにして監視し得る所にあつて、居宅と田甫が自然に連結され、且つ、この田甫が居宅前面に集結されて一区域を劃し、水利、耕作に至便であるので特別の価値あるものであり、これに居宅近隣に所在する成樹の果樹園、茶園を加えるときは、祐に時価金八〇〇万以上のものである、

尤も、附帯被控訴人は、昭和三三年一月頃、実姉末崎ワカ、実妹右田ミユキに田、計三反四畝一四歩を遺産として分割したが、然し依然耕作しているところ、この耕作権は金一八万円余に相当するものである、

加え、附帯控訴人が訴外松竹花子と東京に赴いた当時にあつた預貯金六〇万円を加算するときは、その総財産は祐に金八〇〇万円を上わまわるものである、

三、附帯控訴人は附帯被控訴人より邪恋不貞のため弊履の如く捨て去られ、直ちに訴外花子を居宅に迎へて、平然として妻として振まらわせ、而て、これとの間に、昭和三二年一二月一九日、男、和則、同三五年一月二一日、男、留頼を儲けて、居宅に於て養育していることを慮ふとき、悲憤の余り、胸、塞がり狂乱せんばかりのものがあり、その精神上の苦痛は金四五〇万円に値するのであるが、茲に財産分与金二〇〇万円を考慮して、慰藉料を金二五〇万円に減額する、而て、附帯被控訴人は、昭和三五年八月一〇日、原判決主文第三項中の仮執行の宣言ある金五〇万円を支払らつたので、これを前記慰藉料金二五〇万円の内入弁済に充当し、本件に於ては、これを控除した残金額二〇〇万円の請求をなすものであります。

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